もしあなたが自動車や鉄道などの移動手段(モビリティ)を提供する企業で働いているとしたら、10年後、どのような「移動体験」をユーザーに提供していると思いますか?その未来に向けてあなたの会社は何に対して投資をすれば良いのでしょうか?
本記事では読者の皆さんと一緒に未来のモビリティとそのプライシングを想像してみたいと思います。
未来のモビリティ「Grab」
さて、まず想像力を豊かに、10年後に起こりうるモビリティを思い描いてみましょう。「無人タクシー」「移動手段が自動的に手配」「目的地でのオススメを教えてくれる」などなど…様々なモビリティの未来が考えられますね。
実際のところはどうなのでしょう。実はモビリティの未来は日本の国外でどんどん実現されています。シンガポールに拠点を置く「Grab」というサービスが東南アジアで広く普及し、大きな注目を集めているのをご存じでしょうか。
まずは以下の紹介動画をご覧ください。
動画では、出社する女性に対して、アプリが「タクシーかGrabに登録する自家用車」「ライドシェア」「公共交通手段」を提案する場面から始まります。女性は「公共交通手段」「Grabに登録する自家用車」にオンタイムで乗車し、アプリで決済も済ませ出社をします。途中でアプリ上で朝食を注文し、ピックアップをしています。
マルチモーダルモビリティサービス※としてのアプリは日本でも普及の兆しが見られますが、Grabがすごいのはここからです。動画の後半ではGrabに自家用車を登録し配車サービスをしているドライバーがGrabの実店舗を訪れる場面を描いています。ここでドライバーは配車サービスによる収入の目標を設定することができ、足りない場合は車内広告などの手段の提案を受けます。つまりGrabはこのドライバーの人生設計まで踏み込んだ提案が出来る立場にいるということです。
※マルチモーダルモビリティサービス:複数の交通手段を組み合わせた経路検索・予約・決済が一つのプラットフォーム上でできるアプリに代表されるサービスのこと
日本の現状からは大きく飛躍があるようにも見えますが、本当にこのような世界は来るのでしょうか?そこで、これまでのモビリティの進化を振り返り、その延長線から未来を考えてみることにしましょう。
鉄道の進化をたどる
私の最も古い記憶に残る電車の移動体験は「駅に着いたら券売機の上の看板で目的地までの路線と料金を確認。券売機で切符を買い、改札に通し乗車」といったものです。
それがいつからかPCブラウザ上の路線検索サービスで路線を検索してから電車に乗るようになりました。SuicaやPASMOが登場し、チャージのために券売機によるものの、切符を買ったり券売機の上の看板を見たりすることはなくなりました。
さらに時は経ち、スマホが登場し、路線検索アプリを用いて手元でささっと路線検索をするようになりました。新幹線の予約・決済もアプリを用いて行うようになり、さらに交通系ICカードへのチャージも銀行口座から直接行われるため、券売機へ全く行かなくなりました。スマートウォッチに取って代わられた交通系ICカードは、ついに持ち歩かなくてもよい時代になりました。
そして2020年の今、電車はシェアバイクなどの他の交通手段と組み合わせてアプリ上で検索できるようになりつつあります※1。移動後の飲食や観光もアプリ上で必要なものを購入できるようになるかもしれません※2,3。鉄道の料金は今後需要の多寡に合わせて変化する可能性が出てきました※4。
※1 日本経済新聞「トヨタ、マルチモーダルモビリティサービス「my route」のサービス提供エリアを全国へ順次拡大」
※2 日本経済新聞「小田急、オープンMaaS始動いち早く企業連合作り」
※3 日本経済新聞「東急とJR東日本など、伊豆半島で展開した2次交通統合型サービス「観光型MaaS”Izuko”」の実証実験結果を発表」
こうした鉄道の進化はどのように整理されるのでしょうか。「モビリティ進化論」としてまとめていきます。
モビリティ進化論
鉄道における進化にはひとつの特徴があります。それは、移動体験自体はオフラインだが、移動体験を支える要素はオンライン上で行われるようになったことです。それは路線検索から始まり、決済、そして予約へと広がってきました。
そしてユーザーが移動時にオンラインサービスを利用すればするほど、ユーザーの移動体験の主体はオフラインからオンラインへと移動していきます。実際の生身の体はオフラインで移動しますが、その行動は路線検索や予約・決済といったデジタルに記録される接点によって、オンラインに複製されていきます。あたかもアバターがオンライン空間を同じように移動しているように。
ここまで来ると、ユーザーの移動体験をデザインするのはオフラインではなくオンラインとなります。オンラインのアバターの移動体験をデザインすることにより、オフラインにいるユーザーも行動を促されることになるのです(このような概念はOMO=online merges with offlineの文脈で語られます)。
もちろんオンラインのアバターへの働きかけは移動体験に留まる必要はありません。移動の目的である買い物や観光、飲食、金融といった様々な要素がアバターに最適化されていきます。その結果はオフラインの世界にもフィードバックされ、実店舗の形が変わっていきます。
以上の流れをマイクロソフト社はMaaSの進化の文脈でレベル1~4に分けて定義をしています。各レベルの主な内容としては以下となります。
- レベル1:経路検索の進化
- レベル2:予約・決済の進化
- レベル3:需給予測・価格調整の進化
- レベル4:都市計画の進化
これはレベル1~2は経路検索・予約・決済といった移動体験のオンライン化、レベル3はプライシングによるオンラインの移動体験のデザイン、レベル4は移動の外側の体験のデザインと読み替えることが出来ます(本連載ではこのレベル1~4を拝借させて頂こうと思います)。
新型コロナはモビリティの進化論をどう変えるか?
最後に、新型コロナウイルスの影響を考えてみましょう。急激に人の動きが制限される中でモビリティはどのように変容するのでしょうか。
コロナ禍において人々の生活は大きくオンライン化しました。オンラインで日用品や食事を注文し、友達や社内の人と話すようになりました。コロナ以前と比べ、オンラインのタッチポイントが大きく増加した人が多いのではないでしょうか。
その結果、まずモビリティ以外の領域でオンラインからの働きかけが強まることが考えられ、それにリードされる形で、移動体験のオンライン化も加速すると考えられます。特に感染防止の観点から、混雑する鉄道の回避やマイカー移動など、新たな移動手段が注目を浴びています。従って経路検索の拡充は今後ますます加速し、それに引っ張られる形で予約・決済も当初より早い段階で限りなくオンライン化していくでしょう。
交通手段を見渡した時、2020年現在でレベル1~4のどこにいるかはそれぞれによって大きく異なります。後編ではMagicPriceもサービスを提供する駐車場領域において、この議論がどのように当てはまるか見ていきたいと思います。
TEXT:水野隼輔 株式会社空 モビリティ事業開発責任者
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