7月 13

「PriceTech」が価格を科学する――料金最適化で変わる未来は、UB Venturesの資金調達を経て加速していく

こんな凄い事業に取り組む人がいるんだ、と驚きました。」

これはユーザベースグループの株式会社UB Ventures CEO マネージングパートナーである岩澤 脩氏の言葉。

TechCrunch Tokyo 2017のスタートアップバトルで、株式会社空の松村 大貴氏は、応募総数113社のなかでグランプリに輝いた。そのファイナルラウンドが行われた会場に、岩澤氏は座っていたのだ。それから約2年の月日が経ち、ふたりは合流することになる。

2019年5月。株式会社空は、ユーザベースグループの株式会社UB Venturesから資金調達を発表。

岩澤氏が着目したのは、空の事業が生みだすPriceTech(プライステック)というあたらしい概念だ。PriceTechとは、適切な料金の値付け(プライシング)を可能にする技術的な革新のこと。あらゆる業界で、料金の値付けは必ず行われるものの、その多くは属人的で、テクノロジーが関与する余地が残されたままであった。そこに目をつけたのが、株式会社空だったのだ。

空は、AIを使ったホテルの料金設定サービス『MagicPrice(マジックプライス)』を仕掛け、顧客数は1年で約5倍に。そんな空に岩澤氏が資金調達を決めた背景と、「PriceTech」で変わる未来について、両者の視点から話を伺った。

「めずらしい起業家に出会った」ーー“意外”な資金調達の目的

松村 大貴/株式会社空 CEO

慶應義塾大学法学部卒業。ヤフー株式会社に入社し、広告×技術のアドテク事業を担当。震災復興、ブランディング、きっず教育等を担当し、2015年に退社。同年に株式会社空を創業。TechCrunch Tokyo 2017のスタートアップバトル最優秀賞を経て、かんたんな操作で毎日の客室料金設定を可能にするホテルのレベニューマネジメントサービス『MagicPrice』を提供する他、「Happy Growth Company」という言葉を掲げ、革新的なサービスをつくりながら、幸せな働き方を世界に広めることを目指している。

松村氏は、資金調達の背景について、実は資金ニーズはそっちのけであった、と打ち明ける。

松村「僕のほうから、『ユーザベースさんのカルチャーや経営哲学を吸収したいので、株主として仲間に入ってください』とお願いしたんです。そういう意味では、これまでに資金調達をお願いしたVCやエンジェルの方とは背景がすこし異なります。

もともとユーザベースさんは、カルチャーや経営哲学にかなり力を入れているイメージがあって。僕自身の経営スタイルも、近しい考えだったんです。外の立場でも教えてくれるくらいオープンな人たちだろうと思ってはいたけれど、もっと近い立場で、仲間に入ってほしかった。お金が先にきたわけではないんですよ」

岩澤 脩 /代表取締役社長 マネージングパートナー

慶應義塾大学理工学研究科修了。リーマン・ブラザーズ証券、バークレイズ・キャタル証券株式調査部にて企業・産業調査業務に従事。その後、野村総合研究所での、M&Aアドバイザリー、事業再生計画立案・実行支援業務を経て、2011年からユーザベースに参画。執行役員としてSPEEDAの事業開発を担当後、2013年から香港に拠点を移し、アジア事業の立ち上げに従事。2018年、UB Venturesを立ち上げ、代表取締役に就任。

岩澤「カルチャーとか哲学を含めて吸収したい、と言ってくる経営者は珍しい。松村さんが初めてでした。VCをやっていると『資金が欲しいから』『事業ノウハウを吸収したいから』という理由で声をかけてくる起業家がほとんどですから。お金よりも先に『仲間になってほしい』と言われたのは嬉しかったですね」

空が提供するホテルの料金設定サービス『MagicPrice(マジックプライス)』は、かんたんな操作で毎日の客室料金設定を可能にする、ホテルのレベニューマネジメントサービスだ。

松村氏は、SaaS事業(必要な機能を契約期間中利用できるソフトウェアを提供する事業)の技術ノウハウ獲得にまで、目を光らせていた。

松村「SaaS事業を立ち上げた経験がある岩澤さんたちだから、空の仲間に引き入れたかったんです。SaaS事業は、極端な話、いい人じゃないと務まらないと思うんです。場当たり的な営業ではなく、長い目でみて、顧客との信頼関係を築くことが大切

岩澤さんたちが持っておられる、考えかたや技術をくまなくインストールしたかった。だから今回の資金調達は、“ ユーザベースさんに株主陣に入ってもらうこと ”が目的だったんですよ」

投資の決め手。3つ目は、組織の強度を左右する空特有の「・・・」

松村氏からアポイントをうけ、投資を即決した岩澤氏は、空を評価した理由をこう語る。

岩澤「投資で判断したポイントは非常にシンプルです。1つは、見ている負の大きさ。値決めって、どの業界においても切り離せないものじゃないですか。そこにある負を的確に捉えたな、と思いました。2つ目は、松村さんが見ているミッションの高さ。今の負を解決することだけじゃなくて、その先を見ている。パーソナルプライシングやPriceTechという、まだ見ぬあたらしい概念を生み出していく可能性があると思いましたね」

冒頭で伝えたとおり、岩澤氏と松村氏の出会いは、TechCrunch Tokyo 2017 だ。岩澤氏は、観客席からみた松村さんの姿が目に焼き付いていた。

岩澤「彼は、伝える力が強いんですよ。だから、周りも巻き込まれていく。松村さん自身に魅了された、とも言えますね。良い意味でバイアスもエゴもない。とてもニュートラルな人なんです。そんな彼が手を尽くすカルチャーは、メンバーにも浸透しているんですよ」

岩澤氏は、投資判断をするうえで、松村さん以外の2名の取締役ともコミュニケーションを重ねた。なかでも印象に残っているのは、松村氏が語るコアバリューを、同じ解像度でメンバー全員が語ったことだと話す。


岩澤「会社経営をするなかで何を大事にしているかを聞くと、真っ先に“ Live Direct ”って。同じ解像度で、同じ事例を出して、同じことを言っていたんです。これは強いな、と思いました。本当にコアバリューが浸透している、カルチャーが強い会社だ、と」

「Live Direct」とは、本音、本質、真実で生きることを指す、空のコアバリューのひとつ。遠慮や忖度をやめて、本質志向で話し、行動する。上司も社長も間違えることはあるからこそ、本音で指摘する。真実を直視して、過去にとらわれずに変化し続ける。

岩澤「これは、ユーザーベースのバリューにも近いんです。僕らもオープンコミュニケーションを大切にしていて。問題の疑義は、握りつぶさずに率直に伝える。その積み重ねが組織の強度につながると信じてやってきたからこそ、共感できた。それに、形式的に言葉で伝えるのではなく、言葉の奥に原体験まで含み、組織に定着していると感じたんです」

松村「空では、入社するメンバーには必ず、これまでの人生を丸ごと伺います。空のカルチャーに、本当の意味で共感するような体験を経ているのか。しっかり対話を重ねます。だからこそ、自分の本音を押さえたくない、個性ある人たちが集まっていますね。

また、価値観を再確認できる時間を度々もうけていて、夢や幸せとか、一見綺麗事に聞こえることもためらわず日々話すんです。そのなかで育まれたカルチャーを岩澤さんに評価してもらえたことは、僕自身うれしいですね」

「PriceTech」の勝算と、立ちはだかるマインドの壁

松村氏は、AIを使ったホテルの料金設定サービス『MagicPrice(マジックプライス)』を加速させていくことに、勝算を見据えている。

松村「これからはパーソナルエクスペリエンスの時代です。世界の観光業界では『個人用にカスタマイズされた旅行体験』に注目が集まっています。遅かれ早かれ、日本でもその流れは訪れるはず。すると、多様化するニーズに対して適切なホテル料金の値付け(プライシング)の重要性は高まっていきます。属人的な要素が強い、プライシング作業がシンプルになるだけで、業界に与えるインパクトは大きいはず」

実際にMagicPriceを導入している企業からは、「より中長期的な戦略を考える余裕が出てきた」「クリエイティブなサービス検討に時間を使えるようになった」という声が届いている。PriceTechの発展は、プライシング作業を肩代わりすることで、「時間」を生み出し、あたらしいサービスや、本来注力すべき業務に集中させてくれるのだ。

一方で、PriceTechが超えていくべき課題について、岩澤氏は次のように分析する。

MagicPriceは、かんたんな操作で毎日の客室料金設定を可能にする、ホテルのレベニューマネジメントサービス。市場分析結果が一目でわかるので、情報収集の手間を削減する他、人材不足の解消にも。


岩澤「“売り手と買い手のマインドの変化”という壁をPriceTechは乗り越える必要があると思っていて。料金の値付けを“適切にする”には、恣意的にどちらかが利益をあげようとするマインドではむずかしい。プライシングは、売り手と買い手の誠実なコミュニケーションのうえに成り立つんです」

松村「それでいうと、“慣れ”も壁になりそうですね。消費者および市場が、PriceTechを受け入れられるか。20世紀とは違う儲けかたに、慣れていけるのか。僕らは世界中の価格を最適化することは、売り手にも買い手にも本質的に嬉しい世界につながると思っています」

「ハードシングスは空にもやってくる。」ホテル業界を皮切りに、PriceTechが価格を科学する先へ

UB Venturesとして、個人として担いたい役割について、岩澤氏は次のように考える。

岩澤「これからきっと、松村さんや経営陣、メンバーには、驚くほどのハードシングス(有事)がやってくると思います。僕個人としては、そうした有事の際に的確に寄り添えるのか。UB Venturesとしては、経営チームとして支えられるのか。ナレッジのシェアは当たり前で、投資家としての最大の付加価値はここにこそあると思っています」

ハードシングス――メンバーが去っていく、チームが崩壊する、金銭まわりのトラブルなど、ベンチャー企業であれば大小限らず経験する問題たち。起業家として岩澤氏自身が、過去に直面したからこそ、投資家になった今、特に熱が入る部分なのだと言う。

岩澤「判断に迷ったり追い込まれた際に、ときにはコーチとして、ときには経営チームのひとりとして、混乱を塞ぎ、支えたいんです。実際に僕たち自身、出資いただいていたVCの方々に、苦しいときこそ助けてもらいました。そうした原体験があるから、起業家をサポートしたいと強く思えている。

Pay forwardの精神なんです。奉仕の循環によって、日本もシリコンバレーのように支援のエコシステムが出来たらと思います」

加えて岩澤氏は、PriceTechは価格を科学し、ホテル業界を皮切りに、他業界へと広がっていく可能性があると語った。

岩澤「似たような言葉の『FinTech』は、金融領域における技術的な革新のことを指します。ですが、PriceTechは、値付けをするシーンがある、つまりビジネス全般に当てはまるもの。領域をまたいで広がっていく可能性があるんです。物販、コンサル、自動車、八百屋と、商材やサービスは関係なく、大企業から町の商店まで幅広く。

一般人も扱いやすいレベルにまで落とし込めば、ゆくゆくは、C2C、個人間のビジネスにおいても活用されるはず。PriceTechは、価格を科学していくと思いますよ。つまり、科学的な視点にたって、適切な分析、理解のうえでの価格設定がなされていく。

とにかく、空の描いているミッションを、僕自身が見てみたい。経済活動にも大変意義のあることなので、『絶対に実現する。新たな未来を作る』という視点を持ち続けてほしい。そして、まずはホテル領域において、顧客から信頼を獲得していけるよう、支えたいと思います」

最後に、松村氏は今後の心意気と、共に働きたい仲間について、思いを語った。

松村「日本はもちろん、世界レベルで見ても、日々様々なものに対して「値決め」が行われていて、それだけ価格の正しい決めかたは求められていると思っています。ですが、テクノロジーで適切な解決策をもって、市場に君臨している企業は未だ存在していない。言い換えれば、世界的なビジネストピックスが未解決のまま。

だからこそ空は、まずはホテルを皮切りに、他業界にもこのビジネスモデルを広げていく予定です。たとえば、カラオケやレストラン、オフィスなどのレベニューマネジメント(在庫の繰越ができないビジネス)においては、どの業界でも需要がありますから。

空は今、大きなステージに向けて変化しています。社員数が増えていくなかでも、同じビジョンと方向性を持って、目標達成できる組織になるよう、体制をアップデートしている最中。

そして、リーダーとして任せられる人を、熱烈に求めています。分からない未来に対して、決断し、牽引していく人。分からない未来に、一緒に飛び込んでくれるメンバーや株主さんがますます増えてくれたら、それほど素敵な未来はありません。お待ちしています」

ユーザベースという強力なパートナーを経て、事業面・カルチャー面共に成長していこうと舵を切る株式会社空。PriceTechというあたらしい領域において、どのようなフライトで周囲を魅了してくれるのか、今から楽しみだ。

執筆:スギモトアイ 企画・編集:水玉綾 撮影:小澤 彩聖