7月 24

鉄道とダイナミックプライシング(時間帯別運賃):海外の事例と日本の法制度

数週間前(2020年7月)、JR東日本が鉄道運賃について時間帯別運賃(ダイナミックプライシング)導入を検討することを表明しました。

新型コロナウイルスの影響によるテレワークの普及などにより、人々の通勤や移動の行動変化が起きています。急激な需要変動を踏まえ、鉄道分野でも時間帯別運賃(ダイナミックプライシング)の関心が高まっています。

本記事では、鉄道分野における価格最適化の取り組みや今後の展望を、世界の事例も交えて紹介します。

日本の鉄道業界

これまでの取り組み

実は、需要に応じた鉄道運賃の変動は、既に国内でも緩やかな形で実施されています。

例えば、東京都推進の「時差Biz」に呼応するなどし、一部鉄道各社は時差通勤のポイント還元等を実施しています。これにより、一部ではオフピーク時の鉄道運賃は実質的に値下げされているともいえます。

時差通勤でのポイント還元等の実施例:

京王電鉄
時差通勤でポイントが貯まる「楽・得・京王ライナーキャンペーン」を実施

東京メトロ
一部路線等で、オフピーク通勤・通学を行うことでPASMOにチャージ可能なメトポが貯まるオフピークプロジェクトを実施

もっとも、これらは一定期間や一部の路線に限られるなど、日常に幅広く浸透しているとまでは言い難いのが現状です。

また、一部鉄道各社は、閑散時間帯のみ使用できる時差回数券や休日のみ使用できる休日回数券等を割引販売しています。このような形でも、需要の少ない時間帯の実質的な割引は行われてきました。

ダイナミックプライシング(時間帯別運賃)を導入するためには

法規制との関連

鉄道運賃の上限については、その設定・変更に国土交通大臣の認可を要します(鉄道事業法16条1項)。また、鉄道運賃の上限は、「能率的な経営の下における適正な原価」+「適正な利潤」に限られます(同法16条2項)。ただし、上限の範囲内で定める運賃については、その設定・変更は事前の届出で足ります(同法16条3項)。

以上から、鉄道運賃については、現行法制度の下では、高需要時の運賃を高く設定するような設計は取りづらくなっています。

他方、新幹線の特急料金以外の特急料金、グリーン料金、指定席料金などは、その設定・変更が事前の届出で足ります(同法16条4項)。また、鉄道運賃のような「原価+適性な利潤」の上限もありません。

そのため、こうした特急料金等については、現行法制度の下でも、鉄道運賃と比べて柔軟な価格設定が可能です。

もっとも、鉄道運賃も特急料金等も、その「変更」には「事前の」届出を要するとされることから、リアルタイムの実需に応じて常時価格が変更されるような仕組みが現行の法制度の下でとりうるか(とりうるとしても、事前にどのような届出を行うべきか)については疑問が残ります。この点は、国との対話等を通じて今後解釈を明確化していくことが望まれます。

社会実態との関連

国土交通省が平成17年に取りまとめた資料によると、都市鉄道における時間差運賃については、

  • デフレ経済状況下では「ピーク時の運賃を高く設定する」ことには利用者の抵抗が強い
  • 始業時間等の勤務体系は取引先や顧客との取引関係、労務管理等の制約条件に基づき決められるので、鉄道運賃の操作で変更を迫ることは困難
  • 通勤客の運賃の大半は企業負担なので、時間差料金が個人の行動を変える誘因とはなり難い

といった課題が存在します。

もっとも、平成17年当時と比較して、需要に応じて料金を変動させる考え方は様々な業界で浸透しつつあり、利用者の抵抗感も少しずつ薄まりつつあるかもしれません。また、コロナ禍での「ニューノーマル」が模索される中で、一部企業ではリモートワークを含むフレキシブルな働き方が恒常化したり、通勤定期代支給が廃止されたり、交通費等が定額支給に置き換わるなどの動きが出ています。こうした社会情勢の変化を受け、上記の各課題も次第に解消されていくことが考えられます。

また、通勤・通学色が薄く「市民の足」とは異なる位置づけの中長距離の特急等については、国民感情として、都市鉄道よりも運賃変動が受け入れられやすいように思われます。そのため、まずは足掛かりとして、こうした特急等の料金について変動制を導入することも考えられます。

People and a train at metro station

海外の鉄道業界

ロシア

ロシアの鉄道の多くは、需要に応じて運賃が変動するダイナミックプライシングを採用しています。そこでは、システムが数百の要素を考慮し、1時間単位やときに数分単位で運賃を変動させる仕組みがとられています。

例えば、日本でも人気のシベリア鉄道では、様々な旅行者の方が予約の際の注意点として「日時によって料金が大幅に変動する」旨をブログ等で書かれています。

インド

インド鉄道では、2016年から一部長距離特急の運賃に、簡易な形のダイナミックプライシングが導入されました。これは、予約席が10%埋まる毎に運賃をベース運賃から10%ずつ加算していくというものです。これにより、その後の2017-2019年の間に、鉄道運賃の収益が20%上昇したとのことです。

もっとも、このダイナミックプライシング制度により、ときには鉄道の運賃が同一区間の航空券より高騰するなどし、利用者に過度な金銭負担が発生しました。そのため、強い批判を受け、この制度は途中で、価格上限の設定や低需要路線への割引価格の導入といった利用者側のメリットを考慮した調整が行われています。

利用者は、ダイナミックプライシングには「支出が増えるだけなのではないか」といった懸念を抱きがちです。そのため、導入の際は、利用者側のメリットや負担軽減をも十分に考慮した設計とすることが特に重要です。

ヨーロッパ

ヨーロッパの長距離鉄道では「イールドマネジメント」が一般的に行われているとのことです。

例えば、航空券のように、大幅割引だが予約変更やキャンセルができない座席、小幅割引だが追加料金で変更・キャンセルができる座席、通常料金だが変更・キャンセル可の座席など、同一日時の同一区間でも運賃に価格差を設けるといった運賃設定がなされています。結果として、需要が少ない日時では格安チケットが売れ残るため、需要に応じた価格の提供がある程度実現されています。

シンガポール

シンガポールの鉄道では、2017年から、朝のピークタイムの混雑を軽減するために、ピークタイム前の通勤者の運賃のディスカウントを開始しました。朝の7時45分までに改札に入った者に自動的に割引運賃を適用しています。

ロンドン

ロンドンの地下鉄でも、同様にオフピーク運賃が導入されています。朝と夕方のピーク時間帯に都心エリアに入ると、割高の運賃が適用されます。

おわりに

海外では、既に鉄道運賃にダイナミックプライシングが導入されたり、時間帯に応じた運賃設定がなされたりと、鉄道運賃最適化が具体的に走り出しています。日本でも、コロナ禍での鉄道需要の大幅変動を踏まえ、ダイナミックプライシングを含む価格最適化の流れが今後いっそう強まっていくのではないでしょうか。

TEXT: Hiroshi Watanabe グロービス・キャピタル・パートナーズ インターン(株式会社空の支援中)